「待っててね!」と私に言った中畑氏がホントに監督になってやってきた〜!
私は中畑監督の現役生活の晩年をしっかり覚えている世代です。
ジャイアンツ、いや球界のリーダー的立場で、華があり、
明るく、ハンサム、しゃべりもファンへのアピールもうまい。
もしかして、私にとっての初代「ザ・プロ野球選手」は、
中畑選手だったかもしれません。
中畑選手引退後、私もだんだんとオトナになり、
過去の「ワン公事件」を知ったり、コーチ時代の
駒田選手との確執などといった報道を目にするようになると、
「まぁ、あの時代を巨人の中心選手として生きてきた中畑が、
明るい『だけ』のヒトであるわけはないんだろうなー」
と、ちょっと冷めた目で見るようになっていきました。
そして、2004年のアテネオリンピックは、
多くのプロ野球ファンのみなさんと同じように
「監督、中畑かよぅ(笑)」ってな感じで見ていたわけです。
そして、2008年の北京オリンピック。
家族が中国に赴任しているので、現地で見ることにしました。
すると、なんと滞在中、訪れた飲食店に中畑氏がいました。
有名人風を吹かせるでもなく、こそこそするでもなく、
深夜の客の少ない店内に、私の知っている「中畑清」が
そのまんまそこにいたので、すぐにわかりました。
食事を終えると、「さぁ、そろそろ行きましょうか」と中畑氏。
「監督、中畑かよぅ(笑)」ってな感じでアテネを見ていた私ですが、
そこはやっぱりプロ野球ファン。本人がすぐ近くにいるとなると、
プロ野球選手に対する敬意とか畏れのようなものがジャマをして
何も言えず、店の出口に向かう中畑氏をただ見ているだけでした。
すると、隣の席の日本人のグループが「中畑さんですよね」
「写真撮ってもいいですか」と、中畑氏を呼び止めました。
中畑氏は、やっぱり中畑清のまま、あのまんまで対応してました。
私たちも気がゆるんでしまい、隣のグループに便乗。
私の家族は、中畑氏の自伝を読んだことがあるそうで
ミョーに中畑情報に詳しく、「安積商業高校時代の
交通整理のエピソードに感銘を受けました!」とか、
小ネタを交えて握手を求めると、「キミ、詳しいね!」と、
これまた中畑清のまんまの調子で応えてくれたのでした。
そのころ、私のなかで中畑氏の印象といえば、
「『監督』をやりたい人。とにかく、やりたい人」。
というのも、NHKの『ようこそ先輩』という番組で、
「先生の夢はプロ野球の監督になること」だといって、
中畑氏が「監督になるぞー、オー!」と子どもたちの前で
連呼していたシーンがすごく印象に残っていたからです。
どさくさまぎれに、私も中畑氏に握手を求めました。
そのときに、「『監督』はいつですか?」と聞いてみました。
まぁ、いま思うと、野球教室に参加した子どもじゃあるまいし、
監督をやりたいやりたいと言いながらチャンスが
めぐってきていないその張本人に、大人が直接聞くような
ことではなかったのですが、中畑氏が発するいい人オーラに、
つい、調子に乗ってしまいました…。
すると、中畑氏は、
「すぐだからね。待っててね!」
と、私の顔を指差し、答えてくれたのです。
中畑氏がこっちを向いて「待っててね!」って言うシーンが
しばらく夢に出てきそうなくらい、強烈なインパクトがあったし、
うわぁ〜、中畑、いい人だぁ〜!と感動も感謝もしました。
しましたが、私は中畑氏に言われた通りに待ってはいなかった。
なのに、待ってない私のもとに、
中畑氏が監督になってやってきたよおおお!
もう、陽気で人のいいおじさんであるだけで、
ファンをよろこばすことはできません。
北京のあのときとは違い、私が求めるものも、
いまは「結果」です。でもなんでしょう、
「待っててね!」マジックでしょうか、
それとも諦めみたいなものなんでしょうか、
自分でもいまいちよくわかりませんが、
かなわないカッコ悪さを気にもせず、
監督をやりたいやりたいと言い続け、
57歳でその夢をかなえた中畑監督を応援し、
ベイスターズを強くしてくれる日を「待って」みようかな…。
いま、そんな気持ちが沸いてきています。
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