キヨシ〜、監督の灯はまだ燃えているかい?

昨日もまた負けました。7連敗です。しじみ習慣が必要です。
ついこの間、目を見開いて順位表をながめ、
CSライン」「5割まであといくつ」などを計算していたのに、
ここ数日は薄目でも見ていません。スポーツニュースも見ていないので、
「プロ野球ファンなのにプロ野球に疎い」という、
ベイスターズファンあるあるな状態にハマっております。

7連敗してしまったことに加え、監督就任後初の「福島開催試合」が
終わってしまったことで、ここにきて中畑監督が心配です。
就任直後から熱望していた地元・福島での試合。2012年シーズンは
日程調整が間に合いませんでしたが、今年はしっかり組み込まれました。
球団の配慮か、本人の希望かわかりませんが、相手はジャイアンツでした。
現場の最高責任者であるのだから、7連敗の責任もそりゃ大きいでしょう。
でも私が心配しているのは「7連敗のダメージ」ではなく、
「監督業に対する思いが鎮火気味になってはいないか」ということです。

 中畑清という人は「監督になりたい!」ということを隠しませんでした。
NHKの『ようこそ先輩』という番組に先生として出演した際には、
「先生の夢はプロ野球の監督になること」だといって、
「監督になるぞー、オー!」と子どもたちの前で連呼していたほどです。

だから、私の「ハンサムで華のある『ザ・プロ野球選手』」という
中畑清に対する印象は、ユニフォームを脱いでからの時間が
長くなるにつれ、「監督になりたいなりたいおじさん」
変わっていきました。

そんな中畑清に、57歳になってやっとめぐってきたプロ野球の監督業。
某悪太郎ばりの「繰り上げ当選」ではありましたが、念願かなったのです。
「友だちのオーディションについて行ったら私が合格しちゃってー」
「アイドルに憧れる友だちと原宿歩いてたら私がスカウトされちゃってー」
なんていうパターンじゃないのです。毎週末おしゃれして原宿や表参道を
ウロウロして手に入れたもの。それが中畑清にとっての監督業なのです。

年を重ねたせいかもしれません。監督就任後のファンを大切にする姿勢に
すっかりホレてしまったからかもしれません。いまさらですが、
「いい大人が夢を口にするって、すごいよなぁ」と思うのです。
たいして失うものもないのに、「夢が叶わなかった人」になるのが
怖くて、カッコ悪くて、「夢」なんてなかなか口にできません。なのに、
「あんなにやりたがっているのに監督になれない男」と言われたり、
プロ野球選手としてキラキラに輝いた実績がくすむのをおそれず、
夢を語り続けた中畑清の勇気、執念。そのすごさをいま強く感じるのです。
と、同時に福島に、あれほどやりたいといっていた「監督」として戻り、
燃え尽きても仕方ないのかな…とも。
そんなことを、ちょっと淡々としていたように見えた
昨夜の敗戦後の中畑監督の姿から感じたのでした。

いままでだって「プロ野球ファンのため」「ベイスターズのため」
燃えていてくれていたことは間違いないとは思いますが、7連敗中の今夜も、
横浜スタジアムでいい大人たちが「CS行きてー」と夢を叫んでいます。
バカにされるのも、もうダメでしょと言われるのも恐れず、叫んでいます。
ベイスターズファンの夢のために、
まだまだ燃えてくれよキヨシ!

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ベイスターズファンにとってのチョ・ソンミンの死

かつてジャイアンツにも在籍した韓国の元プロ野球選手、
チョ・ソンミン氏が亡くなったという報道がありました。

私はジャイアンツファンでも、チョ・ソンミン氏個人の
ファンだったというわけではありませんが、とてもショックです。
というのも、
わたくし的には、チョ・ソンミン選手は、
ベイスターズとつながりの深い選手だから…。

チョ・ソンミン選手は、1998年シーズンの前半戦で活躍し、
オールスターにも選出されました。
1998年といえばベイスターズが日本一になった年。
佐々木選手もオールスターに選出されましたし、
前年のチーム成績から権藤監督もベンチ入り。

ベイスターズの38年ぶりの優勝がかかった
大事な大事な
佐々木選手の「右腕」を、
権藤監督がオールスター期間中、

ベンチでその起用法に目を光らせながら守る…

そんな一面のあった
98年のオールスターだったのです。

オールスター第2戦、チョ・ソンミン選手が登板した際、
マウンド上で「違和感」を訴えて一度ベンチ裏へ下がりました。

試合展開から、チョ・ソンミンがダメなら
前日登板した佐々木しかいないという雰囲気。
これは佐々木の緊急登板があるのか、
オールスターで連投するのか…!

佐々木選手や権藤監督が状況を見守るなか、
ベンチ裏からチョ・ソンミン選手が出てきて、
マウンドへ向かおうとすると、佐々木選手は拍手をして、

チョ・ソンミン選手を笑顔で送り出したのでした

チョ・ソンミン選手はスタッフと十分なコミュニケーションもとれず、

症状や降板を訴えることもできなかった上に、

おそらく「佐々木を投げさせたくない」という
世間とベンチの
空気をビンビンに感じていたことでしょう。

ケガをおしての登板の代償は大きく、
チョ・ソンミン選手は、その後長いリハビリ生活に入り、

結局ジャイアンツを退団するまで1勝しか挙げることができず。
韓国に戻りましたが、華々しい活躍をすることはなく引退していました。
野球以外でも、国民的女優との結婚、妻に対する暴力で逮捕、
離婚、
事業の失敗、元妻の自殺、元妻の財産を狙っているという中傷…と、

メディアに取り上げられることが多かったチョ・ソンミン氏。

何かの歯車が狂ったかのようなプライベートでの転落ぶりを目にするたび、

私はあのオールスターゲームで、再びマウンドに向かう

チョ・ソンミン選手を思い出し、胸が痛くなったものです

あのとき、チョ・ソンミン選手を拍手でマウンドに
送り出した佐々木選手の姿は、ベイスターズファンである
私の姿でもあったと思っていたからです。

佐々木に連投して欲しくない。
チョ・ソンミン投げられるのか!

よかったよかった。


私はたしかにそう思っていたから…。

数年前、『たまっチ』という番組で、
元木大介氏が韓国のチョ・ソンミン氏に

会いに行くというコーナーがありました。

チョ・ソンミン氏は、あのとき続投していなければ、

もう少し野球が出きたんじゃないか、
もしもオールスターに出ていなかったら…と

あの日のことを本当に悔しがっていました。

あの日無事に登板を終えていたとして、
その後のチョ・ソンミン選手の野球人生と人生が、

どうなっていたかなんてことはわかりません。

でも、あの日のケガによって歯車が1つ大きく狂ったことは事実。
誰かを登板させたくない「空気」によって、

ケガをした選手が投げ続けるという「チョ・ソンミンの不幸」は
日本人選手であろうと外国人選手であろうと、

2度と起きては欲しくありません。
そして、一瞬でもそのことを望んだことで、
ファンの心がいつまでもチクチク痛むようなことも…。

チョ・ソンミン氏のご冥福を心よりお祈りいたします。

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「1500安打達成期待してます」の声に金城選手は…〜2010春季キャンプより〜

金城選手の1500安打達成まで、あと2本となりました。
以下、2010年春季キャンプを観に行ったときのブログです。
金城選手の1500本安打への思いについて、
私なりに感じたことをまとめたものです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

見学2日目は、一・二軍の入れ替えが行われた日で、
昇格したばかりの金城選手の姿を見ることができました。
選手名鑑用の写真を撮影するキャンプイン直後は、
まだ絞り切れていないからか、“アンパンマン顔”
選手名鑑に載ってしまうことの多い金城選手ですが、
キャンプ中盤だからなのか、危機感によるものなのか、
今年は“アンパンマン顔”は見られませんでした。
少なくとも、調整をまかされるという大物扱いに対し、
ただ「うっとり」と二軍のキャンプ地である嘉手納での
日々を過ごしていたわけではない…という感じはしました。

そんな金城選手に、私たちは
試合にたくさん出て、ぜひ1500安打達成してください!
と声をかけました。すると、金城選手は、
あと、170…9本ね」と答えてくれました。
そんなつもりはなかったのに、金城選手がよく形容される
「野性的」とか「感性」とかいう言葉に影響されて
いたのでしょうか、金城選手から「179」という数字が
すぐに出てきたとき、私はちょっと意外な感じがしました。

でも、「意外」に思うなんて失礼な話で、

私たちファンですらレコードブックをめくっては、

どこどこの選手が通算何安打になったとか、

区切りの数字まであと何本とか数えているのだから、

残した数字がすべての野球選手が数字にこだわりが

ないはずがないのです。プロ野球選手として

ごく当たり前の数字への反応だったのかもしれませんが、

それでも金城選手の口から「179」という数字がすぐに

出たのは、「179」という数字の難しさに対する自覚と、

それでもやってやるんだという闘志の両方の思い
が、

ちょっと触れればあふれてしまうほど、いま金城選手の

なかにぎっしりと詰まっているからではないか…

宜野湾での一瞬を振り返り、いまそんなことを感じています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2010年の春季キャンプでのやり取りから、
勝手に強い思い入れをもって待っていた1500安打。
達成を見守りたいと思います。

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最下位予想続々にへこたれない100の理由(のうち3つ)2012

親会社や監督、ユニフォームなども変わって
ドタバタと過ぎていったオフ。
そして、いよいよ2012年のシーズンが開幕です。

過去に何度も「変わります詐欺」に引っかかっている、
私たちのもとに、今年もやってきた「変わります詐欺集団」。
今年の詐欺集団は、「オープン戦3位」、
「オープン戦防御率12球団唯一の1点台」、
という強力なお土産を引っさげてやってきました。
でも、「順位予想」というロジックで私たちを救おうと
今年も評論家と呼ばれる人たちから手が差し伸べられました。
「公式戦になれば相手は目の色を変えて向かってくる」と。
でも、私の心の声はやっぱり…
「『変わります』を信じます!」
(アチャ〜)。

毎年それなりにあるのですが、
今年「信じます」と言っちゃう理由を
いくつか挙げてみようと思います。

1. 高崎が悔しさをぶつけてくれるだろうぜ

昨日の『野球好きニュース』で、
高崎が開幕投手に決まった理由を、デニーコーチが
国吉のほうが結果は出ていたかもしれない。
でも高崎には去年の15敗の悔しさがある
」と
言っていましたが、私もまさにそう思っていました。
でも、その悔しさのせいか、昨年終盤から今年のオープン戦と、
ちょっと高崎、力入っちゃってんじゃないのーと思うこともある。
いかり肩が、さらにいかっちゃっているのを見たりすると。
でも、力が入りまくるような場面に立ってこそ、
押しつぶされそうになるほどファンの期待を
背負ってこそ、「プロ」じゃないかと思う。

私なんて、高崎に期待することすら忘れていた時期があるし。
だから、「あぁ、いまこそプロを生きている」という
充実感が結果的に悔しさを晴らすことになってくれたら…と
期待しています。それと、これはグラウンド外のことですが、
先日「僕はどんなときでも毎日ブログを更新します」と宣言。
これ、勝負の世界で生き、発言にも気をつけなくてはいけない
有名人がなかなか言える言葉ではないし、できることではない。
そして、ファンのメッセージに励まされ、感謝の気持ちを伝えている。
高崎ったら、短い間にずいぶんプロ野球選手としてオトナになったぜ!
ということで、成績のほうもオトナになることを願っております。

2. 梶谷がちょっとカッコよく見えてきたぜ

遅れてきたハンカチ世代、梶谷がオープン戦で対活躍。
オープン戦を観に行ったときに、後ろに座っていたファンの人が、
梶谷の大ファンのようで「はえー、はえーよ」を連発していました。
「あー、梶谷がホントにきているんだなぁ」と思ったものです。
テレビでも取り上げられ、さっそうと盗塁を決める姿を見ると、
まぁ、スポーツ選手あるあるですが、カッコよく見えてくるものです

つまり、今年はクラクラするほどに梶谷にカッコよくなって欲しいのです。
さぁ、梶谷、走って守って打って、モテちゃおうぜ〜。

3. 国吉あの子ちょっとおもしろいぜ

国吉には、ルックスや体型や球の速さや若さなど、
いろいろな魅力が詰まっていると思います。
特に、私が「いいなぁ」と思うのは、
20歳にしてちゃんとしゃべれる、ということです

1月の成人の日を記念したtvkの番組では、
林横浜市長を前にして「500円玉貯金」の話がとまらない。
プロ野球選手が30前になってやっと身につけるような
肩の力が抜けたような態度で、おかしくもあり、たのもしくもあり。
このあたりは、(内側にどれくらいしっかりしたものを
持っているのかどうかは別として)20歳のころの
ダルビッシュを越えているんじゃないかと思うほど。
そろい過ぎていて恐ろしいんですけど、その恐ろしさを
今年は思いっきり期待に変えて見守りたいと思います

あとは、金城が締まっているとか、いよいよガケっぷちの
高森が何かしてくれるだろうとか、北がかわいすぎるから
ブレイクするんじゃないかとか、スターマンの
ぬいぐるみ欲しさにがんばる選手が出てくるだろうとか、
えーっと、監督のー、明るさとかー(このことはまたじっくりと…)、
挙げたらあと97個くらいあります、たぶん…。

心にあるへこたれない100の理由を、
「コレもダメだった」「アレも夢で終わった」と
1つ1つ塗りつぶすことになっても、へこたれないで
いられるところまで、へこたれずにいきましょう。
今シーズンもよろしくお願いいたします!

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休養直前だけど元気だったゼ〜春季キャンプに行ってきた〜

ちょっと前のことになってしまいましたが、
今年も宜野湾春季キャンプを観に行ってきました
チーム状況、メンバーの顔ぶれはこの時期は
日々変わりますから、話題は古いかも知れませんが、
自分が忘れないためにも、感想を書いておきたいと思います。

私が宜野湾に行ったのは、2月2日。
この日の夕方、中畑監督がインフルエンザに
かかっていることが発覚しました。なので、ギリギリ、
休養に入る前の中畑監督の姿を生で見ることができました。

中畑監督の体調の情報などない午前中に球場に到着。
まだ2日目、元気ハツラツ、絶好調であろう監督を無意識に
探していた私としては、選手の練習を見つめ、指導する、
その真剣で熱心なごくふつうの姿を発見し、
「さすがグラウンドは戦いの場、そんなにはしゃいだり、
 ギャハハハ笑ったりしないのね。ハハハ、当たり前かー」
と思いましたが(この日、早めに切り上げて検査したそうですが)、
スタンドの前のほうにいくと、トスバッティングをする
選手に声をかける中畑監督の声が聞こえてきました。
「そうだ!」「いいぞ!」「よーっし!」・・・・

ことあるごとに前球団のことといまを比べ、
いたずらにファンを不快にしてしまっている、
某選手や某選手のコメントを聞くたび、
「比べる必要あんのかよー」と思っている私ですが、
私はこのチームの主力選手ではございませんし、
(そもそも選手でもない)
不快にさせるファンもいない…ということで、
ちょっと前監督と比べさせていただくと、
前監督は野手に対しては「見守っているぞ」という
ポーズが精一杯だったように思います、それも2年目にやっと

前監督の1年目、「緊張感あるキャンプをする」という
テーマを掲げていたのか、「選手に歩み寄らないのが監督」
というポリシーがあったのか、そのあたりはわかりませんが、
ファン感覚ではありますが、キャンプの雰囲気が
なんとなくピリピリしていたのを感じました。
それが2年目、野手が練習後にグラウンドで行う筋トレまで
背後でしっかり見守り、投げるポーズをとってみたりするほど
手持ち無沙汰になっているのに引き揚げようとはしない監督の姿が

「そんなに気になっているなら、投手のほうに行けばいいのに〜」
と思ったのと当時に、私は「監督が野手に歩み寄ってる」と感じました
そして、前監督が「何かを変えねば」と考えた結果であるならば、
それがチームがいい方向に向かうきっかけになればいいなぁと期待したものです。

しかし、中畑監督は、1年目から、キャンプのアタマっから、
選手に寄る寄る、声かけるかける…!

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▲ デジカメを忘れる…という大失態を犯してしまい、ケータイで撮影。
  黒羽根選手と、その練習を見守り、声をかける中畑監督です。

黒羽根選手が中畑監督に声をかけられ、指導を受けたあと、
ハツラツとしたというか、
スイッチが入ったというか、
簡単にいうと「うれしそう」!

背後から「見ているぞ」「気にかけているぞ」という
メッセージを送るだけでなく、実際に声をかける。
それもムリをするのではなく、自然とそれができる…

チームとしても選手個々としても、自らガンガン、
スイッチ入れてかなきゃいけない状況ではありますが、
そんな黒羽根選手を見て、結果的に、ではあるのですが、
これがどん底のプロ野球チームに、
中畑監督が来た意義なんだ…と思いました

低レベル? ささいなこと? 
それでも、私は懲りずにまた、
「よし、今年は!」と期待してしまうのでした。

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「待っててね!」と私に言った中畑氏がホントに監督になってやってきた〜!

私は中畑監督の現役生活の晩年をしっかり覚えている世代です。
ジャイアンツ、いや球界のリーダー的立場で、華があり、
明るく、ハンサム、しゃべりもファンへのアピールもうまい。
もしかして、私にとっての初代「ザ・プロ野球選手」は、
中畑選手だったかもしれません。

中畑選手引退後、私もだんだんとオトナになり、
過去の「ワン公事件」を知ったり、コーチ時代の
駒田選手との確執などといった報道を目にするようになると、
「まぁ、あの時代を巨人の中心選手として生きてきた中畑が、
 明るい『だけ』のヒトであるわけはないんだろうなー」

と、ちょっと冷めた目で見るようになっていきました。
そして、2004年のアテネオリンピックは、
多くのプロ野球ファンのみなさんと同じように
「監督、中畑かよぅ(笑)」ってな感じで見ていたわけです。

そして、2008年の北京オリンピック。
家族が中国に赴任しているので、現地で見ることにしました。
すると、なんと滞在中、訪れた飲食店に中畑氏がいました。
有名人風を吹かせるでもなく、こそこそするでもなく、
深夜の客の少ない店内に、私の知っている「中畑清」が
そのまんまそこにいたので、すぐにわかりました

食事を終えると、「さぁ、そろそろ行きましょうか」と中畑氏。
「監督、中畑かよぅ(笑)」ってな感じでアテネを見ていた私ですが、
そこはやっぱりプロ野球ファン。本人がすぐ近くにいるとなると、
プロ野球選手に対する敬意とか畏れのようなものがジャマをして
何も言えず、店の出口に向かう中畑氏をただ見ているだけでした。
すると、隣の席の日本人のグループが「中畑さんですよね」
「写真撮ってもいいですか」と、中畑氏を呼び止めました。
中畑氏は、やっぱり中畑清のまま、あのまんまで対応してました

私たちも気がゆるんでしまい、隣のグループに便乗。
私の家族は、中畑氏の自伝を読んだことがあるそうで
ミョーに中畑情報に詳しく、「安積商業高校時代の
交通整理のエピソードに感銘を受けました!」とか、
小ネタを交えて握手を求めると、「キミ、詳しいね!」と、
これまた中畑清のまんまの調子で応えてくれたのでした

そのころ、私のなかで中畑氏の印象といえば、
「『監督』をやりたい人。とにかく、やりたい人」
というのも、NHKの『ようこそ先輩』という番組で、
「先生の夢はプロ野球の監督になること」だといって、
中畑氏が「監督になるぞー、オー!」と子どもたちの前で
連呼していたシーンがすごく印象に残っていたからです。

どさくさまぎれに、私も中畑氏に握手を求めました。
そのときに、「『監督』はいつですか?」と聞いてみました。
まぁ、いま思うと、野球教室に参加した子どもじゃあるまいし、
監督をやりたいやりたいと言いながらチャンスが
めぐってきていないその張本人に、大人が直接聞くような
ことではなかったのですが、中畑氏が発するいい人オーラに、
つい、調子に乗ってしまいました…。

すると、中畑氏は、
「すぐだからね。待っててね!」
と、私の顔を指差し、答えてくれたのです。

中畑氏がこっちを向いて「待っててね!」って言うシーンが
しばらく夢に出てきそうなくらい、強烈なインパクトがあったし、
うわぁ〜、中畑、いい人だぁ〜!と感動も感謝もしました。
しましたが、私は中畑氏に言われた通りに待ってはいなかった。
なのに、待ってない私のもとに、
中畑氏が監督になってやってきたよお

もう、陽気で人のいいおじさんであるだけで、
ファンをよろこばすことはできません。
北京のあのときとは違い、私が求めるものも、
いまは「結果」です。でもなんでしょう、
「待っててね!」マジックでしょうか、
それとも諦めみたいなものなんでしょうか、
自分でもいまいちよくわかりませんが、
かなわないカッコ悪さを気にもせず、
監督をやりたいやりたいと言い続け、
57歳でその夢をかなえた中畑監督
を応援し、
ベイスターズを強くしてくれる日を「待って」みようかな…。
いま、そんな気持ちが沸いてきています。

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今度はベイスターズが村田をしょんぼりさせるぞー2

村田選手を初めて見たのは、2003年の春季キャンプ。
オープン戦が始まり、村田選手も出場しましたが、
期待のルーキーはその試合で結果が出ず。
記者やファンに囲まれるなか、
わかりやすいくらいにしょんぼりしていて、
球場を引きあげる背中が小さく見えたものです

あまりに気の毒で「次々! がんばれー!」とかなんとか、
声をかけました。ういういしくって、声かけやすかったなぁ…

▼ 宜野湾春季キャンプ、ルーキーの村田選手

Photo_2

地方での試合を観に行ったときに、
偶然飲食店で、村田選手を見かけたことがありますが、
その日の試合で結果が出ていないこともあって、
やっぱりどこかしょんぼりしていました。

あと、究極のしょんぼりは北京オリンピック
家族が中国にいることもあって現地に観に行ったのですが、
日の丸の重さに加え、打撃でも守備でも精彩なく、
金メダルどころかメダルそのもののピンチ…という状況のなか、
ホテルに引きあげてきた村田選手は目に力がなく、
カバンがズリ落ちそうなほど肩が落ち、それは小さく見えました

▼目がうつろの、北京での村田選手

1

そんな感じで、いま「生」の村田選手を思い出してみると、
なぜかしょんぼりしていた姿ばかりが思い浮かびます。
ベイスターズファンとしては、心配したし、
どうにかして元気づけたいと思ったものですが、
これからは同じリーグの敵チームの選手。
村田選手をおさえこんで、今度はベイスターズが、
村田選手をしょんぼりさせてしまおうではありませんか!

それが、村田選手によって、心に油性マジックで、
「応援しているチームは優勝争いできないチーム」と
書かれてしまったベイスターズファンからの挑戦状であり、
9年間の感謝をこめたエールでもあります

今シーズン、20本塁打のうち、
セ・リーグ相手に打ったのが15本、
そのうち7本がジャイアンツ戦だったことを知って、
「ジャイアンツキラーの川口がジャイアンツにいってどうする」
と言われていたことを思い出したりしましたが、
そんなことももう心配したりしませんわよ。

サヨナラ、村田。
しょんぼり顔にしちゃうから、
顔洗って、待ってろよぉ〜!

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今度はベイスターズが村田をしょんぼりさせるぞー1

まさかの中畑監督就任とは違い、
村田選手の移籍は心の準備をする時間があったせいか、
がっくり、ぐったり、あぁ〜ん(涙)っていうほどの
衝撃は受けてはいませんが、やっぱり、
四番打者が同一リーグに移籍してしまうのは、
ショックだし、残念であることには違いありません

移籍表明の会見でベイスターズのオフィシャルネクタイをしめ、
球団に感謝の気持ちを述べ、ニコリともしなかった村田選手は、
やっぱり「まっとう」で「ちゃんとしている」選手だな、
と思いました。いろいろな評判や見方もあるでしょうが、
それは、私が長く村田選手に抱いていた印象でもあります。

村田選手は、「村田が打たなかったから負けたといわれる
ような選手でありたい」と、勝敗の責任を背負う覚悟
を語って
いたことがありますが、その姿がまさに私にとっての「男・村田」。
だから、昨年オフ、その「男・村田」路線のまま、
「ファンのみなさんに迷惑をかけた」といってFA権を
行使しなかったことも(その背景に事情や計算があったとしても)、
その言葉はとても心地よかったし、いいぞ村田!と思ったものです。

球団もまだ落ち着かないし、監督人事もすったもんだ、
それに4年連続最下位のチームが、すぐに強くなっては欲しいけど、
そう簡単にはいかないことは、ファンだってわかっているし、
野球は団体競技であり、組織の戦いであることだってわかっている。
わかってんだから、点線の文字をくっきりとなぞるように
「優勝争いしたいから移籍する」なんて言わなくても…。

いや、「村田が打たなかったから負けた」という
村田の理論で言えば、村田が打てば勝てたんじゃん!

そう思うのは、私の「男・村田」観の勝手な押しつけや、
「男・村田」に裏切られた気がする私の八つ当たりかもしれませんが、
「男」うんぬん関係なく、やっぱり、主将で四番が
「優勝争いしたいから移籍」は口に出しちゃダメでしょう

弱小チームを去るにあたって、「優勝争いしたい」は、
誰もが納得してくれる言葉だと思って多用したのか
どうかはわかりませんが、村田選手ならもうちょい、
うまいこと言えたんじゃないかと思うからなおさら残念です。

「今度はベイスターズが村田をしょんぼりさせるぞー2」へ。

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最後のブーブー、さよならブーブ

先日、TBSとDeNAが株主譲渡契約を締結。
球団名を「横浜DeNAベイスターズ」とし、
NPBに加盟申請をしたことなどが発表されました。

DeNAがいま「プロ野球」に関心を持ってくれたこと、
赤字だらけの弱いチームを買ってくれたこと、
横浜にチームを残してくれたことには感謝の気持ちでいっぱい。
そういう前置きのもと、1つ個人的な感想を言わせてもらうと、
「横浜ベイスターズ」でなくなってしまうのは本当に残念です。

チームが弱くても、12球団唯一企業名が入っていないチーム名と、
ムダな装飾のない1つ前のシンプルなユニフォームは私の誇りでした。
ユニフォームが変わってしまったここ3年は、
「横浜ベイスターズ」という球団名がファンとしての
プライドを支えていたといっても過言ではありません。

マルハからTBSに親会社が変わったときも、
球団名はファンのもの、親会社になったからといって
我々が手をつけていいものではない!な〜んていう理念や
こだわりがTBSにあったかどうかなんてことは関係なく、
親会社が変わっても何もなかったように、
「横浜ベイスターズ」が存在している、
その事実とその流れに私はうっとりしていました

新規参入した楽天が球団名に「楽天」を入れたときも、
「やっぱり外せないものなのかー」と思ったのと同時に、
改めて「『横浜ベイスターズ』はカッコいい」と思ったものです

宣伝したくて球団を持つんだから企業名は入って当然、
企業名が入ることは税務対策上重要なことだとわかっていない!と、
私のように、企業名が入ってしまったことを残念に思うファンは、
企業が球団を持つメリットを理解していないと思われるかもしれません。

でも、ほかでもない「横浜ベイスターズ」の親会社となるのです。
まずは、横浜ベイスターズが横浜ベイスターズであることを利用し、
「『横浜ベイスターズ』は、球団名に企業名を掲げないという
理念のもと、ファンに愛され、歴史を重ねてきたチーム。
そのすばらしい名前をぜひとも引き継いでいきたい」
なーんていう決断をしてくれたら、
「プロスポーツを理解し、ファンと歴史を尊重する企業」
「キャー、DeNA△」となって、べイスターズファン、
プロ野球ファン、スポーツファン、そして何より欲しい
世間の「好印象」を一気に得られたのではないかと思うのです

それは参入目的の1つである「ブランド価値・知名度の向上」
にもつながります。これって十分なメリットでは?

「NHKのスポーツニュースで企業名を連呼されるメリット」
には負けてしまうかもしれませんが、「キャー、DeNA△」っていう
反応だって、なかなか手に入れられるものではないはず。
それはきっと、ねちっとした理由によってオーナー会議での
承認反対などがウワサされている楽天がジェラシーを抱くような、
大きな大きなメリットではなかったかと思うのですよ…

球団名に関しての文句ブーブーはここまで。
いろいろ言われているプロ野球産業ではありますが、
プロ野球球団の親会社となることで、なんやかんややっぱり、
DeNAのブランド価値と知名度はアップすると思います。
と同時に、関わり方次第では、まんま価値が下がり、
知名度だってよくない方向に広がってしまうでしょう。
DeNAには、プロ野球を、ベイスターズを上手に使い、
プロ野球球団のカッコいいパトロンとなることで、
大いにブランド価値と知名度を向上して欲しいと思います

ブーブー言いたくなることがあったら、またブーブー言います。

そして…。さよならブーブ、いや、さよならTBS。
「横浜ベイスターズ」の寿命を伸ばしてくれてありがとう。
長年、おこづかいをたくさんくれてありがとう。
もう愛を欲しがらないから、好きな人と仲よくしていいよ。
申請手続きの際にさっそくブルーのネクタイを
してきてくれた新しいパパに愛情注いでもらい、
私、幸せになりますっ!

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『ハマの裏番 もつ鍋屋になる』読後感想文2

すっかり間が開き、その間も負けたり負けたり
たまーに勝ったりそしてやっぱり負けたり負けたり
いろいろありましたが、あっさりとスルーさせていただき、
『ハマの裏番  もつ鍋屋になる』の感想の続きを…。

私は、実際のところそんな簡単で単純な
世界ではないだろうとわかってはいても、
「活躍できないのは自分のせい」
と考える選手が好きです

だから、トレードが決まったり、戦力外になったときに、
「見返してやりたい」と言う選手は好みではない。
そういう負けん気がないとプロではやっていけないんだろうし、
見返したくなるような境遇があったりするんだろうなと思うし、
「そうだ、見返してやれ!」と思うファンもいるかもしれない。
でも、ぐるぐる思考がまわり、その思考が一周して、
「それでもやっぱり、活躍できないのは自分のせい」
という考えに至る選手が好きなのです。

というのも、どんな事情であれ、
「ファンに活躍する姿を見せられなかった」
という事実は変わらない、と思うからです

「せっかく応援してくれたのに…」という思いによって、
「見返してやりたい」という言葉をのみこんでくれたら
いいなぁ…と、キビしさはプロ野球の大きな魅力と
思いつつも、そんな甘〜いことを考えている私なのです。

本にもあるように、引退後の中野渡氏の
“魂を燃やすためのガソリン”も
「あの忌々しいクソ浜ベイスターズをぶっ倒してやる」
「魂を込めた全力のボールを投げ込んでやる、横浜のベンチに」

という「見返してやる系」の思い。週刊誌等でもこのような記事を
読んだことがあるので、「今回もそういうトーンかぁ」
と構えてしまったのですが、本文下段の人物などの注釈に
クスっと笑えるようなひと言がつけ加えられていて、
あまり暗い気持ちにはならなかった。
エラそうに言うと、うまい構成だなーと思いました。

でも、これまで目にした記事とは違い、
『ハマの裏番  もつ鍋屋になる』はそれで終わらなかった。

私は、たとえ引退後の原動力が、
ベイスターズに対する怒りだとしても、
応援していた選手が成功してくれたほうがうれしい

と、以前ブログにも書いたことはありますが、
中野渡氏のことを思い出すと胸がチクっと痛んだ。
それは、ベイスターズファンの私は中野渡氏の
「怒りの対象」側にいるような気がしたから

でも、「好きな人は木塚」(本のカバーより)で、
本のなかでも木塚LOVEをあふれさせていた中野渡氏は、
「わたりさんの分まで精一杯投げてきたつもりだけど、
もうダメみたいだ」という木塚選手の引退決意の言葉を聞き、
澱のように沈んでいたムカつき、
プロ野球へのわだかまりがどこかへ行って、
「4年間の現役生活が報われたような気がした」そう

さらには、「忌々しいクソ浜ベイスターズ」
「ベンチにボールを投げ込んでやる」とまで言っていた
ベイスターズに対して、大サービスではあるものの
「感謝みてぇなもの」が沸き、木塚選手の引退で
気持ちの区切りがついたと、語っていました。

そして本にはこんな言葉も。

俺がクビになりたくなけりゃ、
 ダルビッシュみてぇなピッチャーに
 なりゃよかったってだけで……
 すべては俺の問題なのだ

ファンは何に憧れているか。
 いい服着て、いい車に乗って、
 いいところに住んでいるからじゃねぇ。
 グラウンドで一生懸命
 
やっている姿に魅かれるんだ

うぉー、なんて私好みの言葉なんだー!

『ハマの裏番  もつ鍋屋になる』よ、ありがとう。
その言葉で私をうっとりさせるだけでなく、
私の胸をチクっと刺していたものも取り除いてくれて!

本を読みながら何度も何度も「クソ」という字を見たのに、
読後の私に沸いてきたのはそんな感謝の思いです。

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